オックスフォード大学医学部留学記

2019年3月、僕は医学教育振興財団からの給費派遣生として、英国オックスフォード大学医学部に1ヶ月留学してきました。以下は僕のオックスフォード大学留学について一つの文にまとめたものです。英国の大学、そして医療現場の雰囲気を知りたい人、ぜひ読んでみてください。リンクはご自由にしていただいてかまいせん。

オックスフォード大学Acute General Medicineでの濃密な留学体験

大阪医科大学医学部医学科6年 井上 鐘哲

 

EAU(Emergency Assesment Unit)

“That was very good, Aki!”

オックスフォード大学John Radcliffe病院に来てから2週間、初めて患者さんを一人で診察し報告したとき、指導医のDr. Husseinにかけてもらった言葉です。

オックスフォード大学医学部の4年生は6週間、John Radcliffe病院のAcute General Medicine(急性期総合診療科)に配属されます。急性期総合診療科はEAU(Emergency Assessment Unit)を担当しており、24時間以上4日以内の治療が必要な、多種多様な疾患を持った患者さんを受け持ちます。患者さんの半分は救急から、半分はGP(一般開業医)からの紹介でEAUに入ってきます。配属中の医学生は患者さんの問診、身体診察を行いカルテを書き、鑑別診断を考え、所属診療チームに報告する「Take」という係を週2~3回こなします。Takeには9~16時のDay, 16~21時のEvening、21~翌朝9時のNight Takeがあります。オックスフォード大学の医学生は4年生から患者さんの問診、身体診察、採血など、日本の研修医がやるようなことはなんでもこなします。また、僕のような外国人留学生も同じことをやって当然と考えられています。

オックスフォード大学医学部での1ヶ月間の臨床実習が決まったとき、僕がAcute General Medicineに配属希望を出した最大の理由がこれなのです。今の自分に一番欠けているもの、すなわち英語での問診、身体診察の経験をこれだけ多く得ることができる機会は他にありません。

僕たちAcute General MedicineチームC3所属学生は、EAUに新たな患者さんが来院したことを指導医に告げられると、すぐに救急やGPからの情報を確認し、聞くべきこと、行うべき身体診察の検討をつけて、患者さんのベッドに向かいます。
患者さんに僕が医学生であることを告げ許可を得てから、問診、身体診察をさせてもらいます。
指導医に診察結果を提示したあと、指導医と共に患者さんの所に戻り、一緒に診断をします。僕が聞き取れなかった肺雑音や、見落とした皮膚の発疹を指導医が発見したり、自分が思いつかなった質問により、患者さんの疾患について劇的に見通しがはっきりすることがあり、とても勉強になります。僕が書いたカルテは、指導医のチェックの後、正式なカルテとして後に残るので、気が抜けません。 

こちらに来てから2週間、EAU内で待機して、次から次にやってくる患者さんに、オックスフォード大生とペアを組んでTakeに出かけることを繰り返しました。彼らは既に相当のトレーニングを積んでおり、流れるように問診と身体診察を行う様を隣で見るのは非常に勉強になります。しかし、いまだに一人でTakeを行うチャンスがなく、率直に言って少し焦っていました。ペアでやるとどうしても相棒に頼ってしまい、自分の力を伸ばすことができません。このままだと、本当に自分に必要な経験を得て帰ることができないかもしれない。何のためにイギリスにまで来たのだろう?

この日、たまたま相棒の学生が不在で一人だったので、思い切って上司の先生に頼んでみました。患者さんが来たら一人で診ますからぜひ当ててください、と。午後も3時を過ぎて立て続けに患者さんが来院し、救急の廊下にまであふれだしたとき、「Aki、この人を診てこいよ」と先生が名前とIDを渡してくれました。二つ返事で引き受けて、時間がかかったけど問診、身体診察を行い、診断結果を提示した後、かけていただいたのが冒頭の言葉です。これを機に、後半の2週間は一人でTakeをこなせるようになりました。

病棟での採血についても同じ経験をしました。患者さん相手の採血経験がほとんどなく、最初は尻込みしていた自分も、採血をするオックスフォード大生に付き添って、声のかけ方、道具の揃え方、採血後の処理などの流れを把握するうちに、2週間後には一人で採血をこなすようになりました。初めての採血中、同僚のオックスフォード大生が隣でアドバイスをしてくれて、助けてくれたのは本当にありがたかったです。

Takeにおいても採血においても、一人ではできないことが、こうやってチーム内でお互い助け合い、学び合うことによって、できるようになる。仲間がいることのありがたみをひしひしと感じました。同じチームの4人のオックスフォード大生イヴァ、フラン、フランキー、レックスとは、EAU、病棟、授業などで1ヶ月を共に過ごし、ランチを食べながら、イギリス、日本、将来の夢など様々なことについて語り合い、笑い、最後にはパブで送別会まで開いてもらい、一生の友達になりました。

 

英国の医療制度とGP

英国の国民医療制度(NHS)では医療費は無料であり、人々は最寄りのGPに登録し、救急を除き、まずはGPの診察を受けることが義務付けられています。対して日本の医療は長く医療機関自由選択制をとってきましたが、GP制度への移行が提唱されており、主治医報酬の導入、総合診療専門医の新設などが段階的に行われてきています。今回の英国留学の目的の一つは、英国のGP制度の実態を自らの目で見て、日本の将来の医療のあるべき姿を考えることでした。
John Radcliffe病院で実習を開始してすぐに気づいたのが、この病院には日本のどの病院でも見られるような、会計とその前で待つ患者さんの長蛇の列が見当たらないことでした。診察を見学した総合診療外来では、患者さんは全員がGPから紹介されて来院しているせいか、待合室が過密ではなく、結果として一人ひとりの問診、身体診察、検査に十分な時間がかけられていました。

これに対して、救急科(Emergency Department)は、日夜問わずたくさんの患者さんであふれていました。GPからの紹介が必要なく、無料で受診できることが患者さんが多い理由と考えられます。外傷などを除いた救急科の患者さんの多くは、僕たちが所属するEAUが診察しますが、無料であることも幸いしてか、僕が診た患者さんの全員が、医学生の臨床参加にとても協力的でした。

滞在中、オックスフォードの中心部にあるクリニックでGPをされているDavid McCartney先生の診察を見学することができました。GPを受診する患者さんの疾患は、軽度の精神疾患から外傷、さらに腎移植手術後の長期ケア、COPDや慢性腎不全などの慢性疾患のケアなど、多岐にわたっていました。

McCartney先生にGPの仕事において一番大事なことは何なのかを聞いてみた所、患者さんと長期間の信頼関係を作ることという答えでした。一人一人の患者さんの健康を長期間見守り続けるGPという仕事の志を垣間見た思いがしました。 

 

カレッジで暮らす

オックスフォード大学は44のカレッジで構成され、それぞれのカレッジに学生は所属し、カレッジ内で暮らし、そこから法学部や医学部など所属する学部の校舎に通います。カレッジ対抗のスポーツ大会も多く、勉学以外でも様々な面で競い合っているようです。

僕はGreen Templeton Collegeに1ヶ月間所属し、生活しました。Green Templeton Collegeには特に医学、経済学や社会学専攻の学生が多く所属します。

各カレッジ内には寮、講義室、チャペル、図書館、食堂、バーを備えた娯楽室、洗濯室、ジムなどの建物が庭園の周りに美しく配置されています。カレッジ内で暮らしてみてわかったのは、これほど勉学に理想的な環境はないということです。寮の部屋には共同のキッチンが備わり、ラウンジには常に無料のコーヒー・紅茶があり、知り合いと雑談を楽しむこともできます。図書館は24時間開いており豊富な医学書がいつでも読めて貸し出せます。何より19世紀の歴史的建造物の中で美しい庭園を眺めながら勉強し、思索にふけることは、他では得難い贅沢な体験でした。

留学中、午前6時に起きて各カレッジの荘厳な建物を横目に見ながらオックスフォードの街をジョギングすることが自然と日課になりました。John Radcliffe病院にはIvy Laneという寮があり、そこに滞在する留学生も多いのですが、病院は各カレッジがある街の中心部から遠いのが難点でした。よって僕はカレッジに滞在することを選択し、£80(1.1万円)で中古の自転車を買って病院まで通うことにしました。病院まで自転車で毎朝20分かけて、美しいオックスフォードの街と小川が流れる公園を眺めながら通うのは、面倒などころか毎朝の楽しみでした。

各カレッジには、フォーマルディナーという伝統があります。カレッジに所属する色々な学部の教授陣や学生がカレッジ内のダイニングホールに集まり一緒に食事することで、親交を深め、他分野の人の話を聞くことで見聞が広がる意義があります。Green Templeton Collegeは毎週水、木曜日にフォーマルディナーがあります。滞在中出席したフォーマルディナーでは、食卓の向かいに座った経済学の博士課程の学生や隣のアフリカからの学生と話に花を咲かせました。食事後はコーヒーを飲みながら、中国から来ている公衆衛生学の研究者や、北京大学からオックスフォードのビジネススクールに留学中の学生、同じ医学部の学生達と親交を深めました。

 

臨床実習の留学生達

言うまでもないことですが、オックスフォード大学は英国を代表する国際的な大学であり、キャンパスでは世界中の色々な国から集まった人達に出会います。医学部には様々な国から医学生が臨床実習に集まっており、彼らから世界各国の医療事情や生活を知ることは、とても刺激的な体験でした。僕は仲良くなったブラジル人留学生と共に、留学生親睦会を病院近くのパブで主催した結果、10カ国16人の留学生が集まり、楽しい時間を過ごすことができました。いつも世界の医学生と出会うと、文化による違いよりもむしろ共通点の方を強く感じて、すぐ に仲良くなれます。医療を通じて人々を救いたいという共通の志が、僕たちを結びつけるのかもしれません。

オックスフォード大学医学部の臨床実習担当者Carolyn Cookさんは毎週、新しく来た留学生を僕たちに紹介し、留学生のコミュニティ作りを助けてくれました。滞在中、留学生同士は常にそれぞれが在籍する病院の各診療科や、講義や手技実習の情報などを共有し、助けあって実習を成功させようという雰囲気にあふれていました。

 

イギリス英語

僕が今回の英国留学についていちばん気がかりだったのは、イギリス英語でした。米国の滞在経験があるおかげで日常英会話には苦労しない方なのですが、英国への留学は初めてであり、イギリス英語をしゃべる医師や患者さんの会話が聞き取れるのだろうか不安でした。その不安は、オックスフォードに来てからすぐに取り越し苦労であったことがわかりました。John Radcliffe病院の人達は英国人、外国出身者を含め、ほとんどが聞き取りやすい発音でしゃべり、発音に癖がある人はほんの一部でした。また、John Radcliffe病院を受診する患者さんのほとんどはきれいな発音の英語をしゃべります。オックスフォード、ケンブリッジ地域の発音が標準英語として採用されているという事実を肌で実感することができました。当然、患者さん相手の問診ではほどんど問題がなく意思疎通ができ、日本から実習に来ていることを話すと激励の言葉をもらったり、日本の生活やイギリスの印象について聞かれたりと、たくさんの患者さんと心の触れ合いを経験することができました。

 

オックスフォードでの生活

オックスフォードの街は、どこからどこまでがオックスフォード大学という境界がなく、街中に各学部の建物、カレッジの建物が散らばっています。歴史ある各カレッジは荘厳なチャペルや美しい庭園を備え、映画ハリー・ポッターの撮影に使われたChrist Church Collegeを初めとして、ほとんどが有料で観光客に公開されています。オックスフォード大学の学生は学生証を見せるだけで、全て無料で見ることができ、僕もカレッジ巡りを楽しみました。病院での実習以外の時間は、歴史的建造物であるラドクリフ・カメラという図書館で勉強したり、シェルドニアン・シアターでクラシック音楽を聴いたり、中心街にある英国最古のカフェで美味しいスコーンと紅茶を楽しんだりと、毎日、充実した時間を過ごすことができました。

英国の物価は安いとは言えず、外食は通常£10(約1450円)はかかるので、普段の食事はTESCOなどのスーパーで買って済ませていました。John Radcliffe病院の食堂も特に安くはなく、オックスフォード大生も、昼食を自分で作って持ってきている学生が多いようでした。

オックスフォードの治安は非常によく、警察官の姿を見かけるのはまれであり、病院のNight Takeが終わって深夜2時に所属カレッジまで帰る時でも、中心街に人の姿は多く、特に危険を感じることはありませんでした。

オックスフォードからロンドンまでは鉄道で約1時間、往復£15(約2200円)程で行くことができ、週末にはロンドンで他の英国短期留学派遣生と会ったり観光をすることができました。以前からの友人の英国人医師夫婦と再会し、車でStonehengeやBathを観光したのも良い思い出です。

 

積極的姿勢は自らを助ける

オックスフォード大医学部での1ヶ月間は、自分の想像を超える濃密な留学体験になりました。その最大の理由は間違いなく、ウィリアム・オスラー元教授の教えを受け継ぎベッドサイドでの教育を重視するオックスフォード大学医学部の文化にあります。また、NHSによる無料の医療制度のおかげで患者さんが医学生の診療参加に非常に寛容であり、僕たち留学生に英国の医学生と同等の診療参加の機会が与えられているのも、他の国の医学部にはない特長と言えます。

とは言え、ただオックスフォードに行くだけで、自動的に充実した実習体験が得られるわけではないことも事実です。僕の場合、留学の4ヶ月前から自大学の留学予定者と診療英会話の練習会を作り、週1回、ペアを組んで英語での問診をお互いに行う練習を繰り返しました。先述のように、その準備を持ってしても、単独で患者さんの問診、身体診察を行えるようになるまでには渡英後2週間を要しました。同じAcute General Medicineに所属している各国からの留学生を見ても、一人で問診を行っていたのは、僕以外はブラジル人留学生の一人だけでした。ある留学生にできない理由を聞くと、英語力に自信がなく踏み切れないとのことでした。ブラジル人留学生は、英国で研修医になることを考えており、所属チームの指導医の先生から良い推薦状をもらうためにも、積極的に実習に取り組んでいました。

この積極的姿勢は、実習から得られる経験と正比例の関係にあります。John Radcliffe病院などのNHS傘下病院では、患者さんの電子カルテを閲覧するためには専用のICカードが必要ですが、これは自動的に与えられるわけではなく、病院の担当部署にその必要があることを自ら説明して取得する必要があります。僕は他の留学生から聞いてこれを知り、滞在2週目までには手に入れていました。Takeにおいて患者さんへの問診の内容を決めるのに、電子カルテ内の救急隊からの情報やGPからの紹介文はとても役立つからです。しかし、多くの留学生はこのカードを取得しておらず、そうなると必然的に積極的にTakeに関わらなくなります。留学生の診療参加はそれぞれの自由意志に任されているので、消極的な態度でいると失敗もしない代わりに何も学ぶことがないまま実習が終わってしまう危険もあるのです。

採血においても、僕は少しでもうまくなるために、複数の留学生に声をかけて、留学生同士で採血をし合って練習しました。滞在中、Teachingと言われる各種講義に出席しましたが、そこでも僕は積極的に発言して講義に参加するようにしました。そうする内に、自分の診療チーム以外のオックスフォード大生にも知り合いが増えて行きました。

Takeを始めとする病棟実習では、初めは勝手がわからず苦労しましたが、周りのオックスフォード大生はそんな僕を見てもまったく馬鹿にすることはなく、親身になって助言をくれ、事あるごとに助けてくれました。文化は違えど、積極的な姿勢は必ずその国の人に伝わり、味方になってくれることを確かめられたのは、将来外国での医療に携わる希望がある自分にとって、大きな自信になりました。このようにオックスフォード大生とまったく同じ実習をこなし、濃密な指導を受け続けた結果、1ヶ月後には、患者さんの前で、以前より落ち着いて為すべきことを行えるようになった自分に気づくようになりました。

実習終了時、所属チームの指導医に実習評価表にいただいた「Very motivated and active」という言葉と、同じチームのオックスフォード大生が寄せ書きに書いてくれた「Your kindness and enthusiasm have been very inspiring!」という言葉は僕にとって今回の留学の何よりの勲章です。

最後に

オックスフォード大学への1ヶ月間の留学では、John Radcliffe病院での質量伴った実習体験に加え、オックスフォードというイギリスを代表する古都でイギリス文化の奥深い伝統に触れることができました。また、多種多様な目標と価値観を持つ人たちが世界中から集うカレッジに居住し、オックスフォード大生、留学生を始めたくさんの人々と親交を結ぶことができたのは、かけがえのない経験になりました。来年以降にオックスフォード大学に来られる日本の医学生の皆さんも、ぜひカレッジでの滞在を考慮し、実習においては積極性を忘れずに取り組んでいただければ素晴らしい経験が得られると信じます。

 

謝辞

僕を暖かく迎えていただき、たくさんのことを教えていただいたオックスフォード大学のCarolyn Cookさん、Dr. Zeinab Hussein、Dr. Jo Hardwick、Dr. Krishna Navaneetham、Dr. Tim Rajakumar、Dr.Anna Fries、所属チームの同僚のEva Zelber、Francesca Roxburgh、Frankie Bell-Davies、Rex English、教育のためならと僕の診察に快く協力していただいたJohn Radcliffe病院の患者さん達、英国でお世話になった全ての人々、今回の留学の実現にご尽力いただいた小野富三人教授、大槻勝紀学長ら大阪医科大学の皆様、そして医学教育振興財団の皆様に厚くお礼申し上げます。

 

滞在中の必要経費

交通費    Heathrow空港からOxfordまでの往復バス代 £30

Oxfordでのバス回数券代(5日) £15

自転車(中古) £80

滞在費    洗濯費等 £15

寮費      Green Templeton College accomodation 一ヶ月£565

食費      1日約£15

Green Templeton College Formal dinner £13.12

実習費    なし

通信費    携帯SIM £20

連絡先

e-mail: kaneaki21(at)gmail.com

Facebook: facebook.com/kaneaki21

Homepage: kaneaki.net

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